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「三椏刈り取り十字軍日記」

「三椏刈り取り十字軍」曇天で結構!?

みつまたの花「三椏」(みつまた)をご存知ですか?和紙の代表的な原料のひとつで、“紙幣に使用されている”と言えば、皆さんうなずかれることでしょう。三椏は、枝が三又に分かれて成育することからそう呼ばれています。紙肌が綿密に仕上がり光沢があり、女性的な和紙の筆頭にあげられます。
 さて、この三椏のツボミが膨らみ、収穫期が始まる2月下旬、三椏植栽モデル園(山川町三椏楮生産組合)において、初めての刈り取りを「三椏刈り取り十字軍」と銘打って遂行しました。“十字軍”というと何だか物々しいモノを感じられるかもしれませんが、企画する方としてもまさに初めての試みであり、わけわからないなりに盛り上げなければ!と、なかばボランティア要員として一般参加に助けを求めたのでした。
 しかしつたない募集の結果、ほとんど身内のような類いの集団が出来上がり、スタッフを含めて総勢15名の十字軍一行でスタートです。
 前日は雨が降っていました。「雨天決行」とはしたものの、2月でまだ寒いというのに雨の中でカマを持って三椏を刈らねばならないでのも悲しく、かといって延期も面倒であり、てるてる坊主を作ろうかどうしようか真剣に検討しましたが、結局作らなかった(忘れた)にもかかわらず、運良く雨も上がりました。作業全体の進行監督には和紙会館館長藤森実氏が、作業指導には半田町で原料商を営む佐藤利男氏が就任。朝9時に開館前に集合、そして一同山へ向かうことに。

いよいよ刈り取り、カマ持つのは○年ぶり

モデル園 

「モデル園」は霊峰阿波富士、高越山の麓にあります。と言うと聞こえはいいですが、格好の良い看板や案内図があるわけでもなく、“ただ単に山の傾斜地に三椏が植わってる”のをご覧下さい。身の丈は身長が150cmない人だったら埋もれてしまうくらいでしょうか。三椏の収穫には植栽してから3〜4年の期間が必要ですが、ほど良い頃と思われました。
 まず始めに「刈り取り」。指導のもと、めいめいが手にカマを持って三椏畑に散らばります。要は刈れればそれで良く、自分にとってやりやすい方法を習得していきます。徳島市より参加の幸田さんによると、「(腰をぐっと落とし右手にカマ、左手でこれと思う三椏の幹を握っている。)こうしてググッと枝を自分の方に引き寄せ、より地面に近いところの向こう側からカマを当てて引く!と、思ったよりもすんなり切り取れる」と。太いものだと直径4〜4.5cmくらいあろうかという幹が、なるほどスパッと柔らかいものでも切るかのように切断できるのでありました。しかし、やはり肝心なのは道具であり、カマの切れ味次第で達人になれるかなれないかが決まるようでもありました。
刈り取り せっせと刈る人、撮影する人、上から指示する人、刈ったのを運ぶ人、焚き火する人、思い思いに1時間ほど作業を進め、軽トラック山盛り一杯(ちょっとオーバー?)程の三椏が収穫されました。集まった三椏は蒸し作業をスムーズに進行するため一抱えくらいずつにヒモをかけますが、今回は約20本が1束の目安になります。
 先に説明しましたが、三椏は枝が三つに分かれています。それはあたかもネズミ講のように、成長するごとに分岐点を増やし広がっていくので、150cmはあろうかという幹をくくるにはちょいとコツが必要です。佐藤氏によると、まず1束の約半量の枝を寝かせた状態で揃え、先に根元を、次に三椏の背丈の半分くらいの個所を細目のヒモで仮り止めします。仮りとは言え、ここである程度ぎゅっと絞めておかないと特に枝先が広がって邪魔になります。さらにもう半束を併せて、今度は太い丈夫なヒモでくくります。しかしこれも仮り止めでした。くくった後、寝かせていた束を根元を下にしてヨイショと起こし、地面にドサドサ突いて根元をきちんと揃えます。そしてようやくしっかりと、全体重をかけて締め込むのでありました。
束ね作業 およそ7束出来たところで、佐藤氏の軽トラに積み込みます。(山盛りになっていた三椏も束にしてみれば、なんとまあこぢんまりしていることか。サマにならないので、記念撮影をする時は三椏の束に高さをもたせ、奥行きはスカスカだったりします。)そして一路、蒸し器の設置されている作業舎へ。次の頁